最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)1258号 判決 1964年2月27日
上告人
山田静子
右訴訟代理人弁護士
田中一男
被上告人
足立充
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人田中一男の上告理由第一乃至第四(摘示要旨第一点乃至第三点)について。
所論は、亡足立正雄が亡足立きんの遺産を全部相続したと誤解した旨の原判決の認定は証拠に基づかない違法があり、また、右正雄の誤解だけでは同人の内心の意思だけにとどまり未だ相続権侵害の事実はなきのみならず、右正雄が所有の意思を以て本件土地を管理していたものと認められない以上、相続権侵害は存在しないのに、本件土地について右正雄による相続権侵害の存在を認めた原判決には、審理を尽さず相続回復請求権に関する法の解釈適用を誤つた違法があると主張する。
しかし、原判決の認定するところによれば、亡足立正雄が亡足立きんの死亡により遺産相続があつたことは全然考えず、本件土地を含めて足立きんの全遺産を家督相続により取得したものと誤解して、足立潔の父及び祖父を補助者として本件土地を管理使用して来たというのであり、右認定は原判決挙示の証拠関係に照して首肯できないことはない。そして、所謂表見相続人により相続権を侵害されたとして相続回復請求権を行使するには、右表見相続人に於て相続権侵害の意思あること及び所有の意思を以つて相続財産を占有することを要せず、現に相続財産を占有して客観的に相続権侵害の事実状態が存在すれば足りると解するを相当とする。しからば、右正雄に相続権侵害の事実ありと認定判断した原判決には、所論違法は認められず、所論はひつきよう、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、採用できない。
同第五(摘示要旨第四点)について。
所論は、原判決は本件相続回復請求権の消滅時効の起算点につき審理を尽さず、法の解釈適用を誤つた違法があると主張する。
しかし、旧民法九六六条、九九三条(民法八八四条)の相続回復請求権の二〇年の時効は、相続権侵害の事実の有無に拘らず相続開始の時より進行すると解すべきことは、当裁判所の判例(昭和二三年(オ)第一号同年一一月六日第二小法廷判決民集二巻一二号三九七頁参照)とするところである。本件について見るに、河津とめの相続権はその相続の当初より足立正雄に侵害され、その侵害の状態が引き続き爾後の相続人に及んでいると認定されていること叙上のとおりであるから、正雄が爾後の相続人の相続権を侵害しているとしても、新たな侵害が存在するわけではなく、とめの相続人中村静子以後上告人に至るまでの相続人らの相続回復請求権の消滅時効期間二〇年の起算点は、足立きんの死亡により正雄及びとめの相続が開始した時であるとした原判決の判断は正当であつて、所論違法は認められない。所論は独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、採用できない。
その余の論旨(同第六、補充第一乃至第三)について。
所論は、上述主張をくり返し敷衍し、或は原審の認定判断を得ない事実を主張して、原審のなした証拠の取捨判断、事実認定を非難するに帰し、すべて採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 入江俊郎 斎藤朔郎)
上告代理人田中一男の上告理由
第四点 相続回復請求権は一身専属のものでこれは相続されるものでないから其間数個の相続事実がある時は其の相続事実が有効である限り各相続毎に其相続人の相続権に侵害があるか否やを検討すべきである。従つて民法第八百八十四条、旧法第九百六十六条に所謂相続開始の時から二十年の時効を起算するに付ても其有効な各相続毎に其相続開始の時から起算すべきである。而して本件では亡とめ以下同系列の各相続人の相続権は仮りに侵害されたとしても相続開始の時から二十年を経過しておらないから時効は完成しておらないのに原審判決は本件と事実関係の異る判例を援用して亡きんの相続開始の時たる大正九年七月三日から起算したことは審理不尽並に法律解釈適用を誤つた違法がある。(前・後略)